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コンクラーヴェ その3

コンクラーヴェ制度

教皇の資格

古代時代は、ローマ司教(教皇)に選ばれるのは男性信徒ということのみでした。しかし769年以降に、聖職者にその資格が限定されました。時代がたつとさらに限定されて枢機卿団のみが資格を持つことになりました。1179年(平安時代末期)の第3ラテラン公会議では、再び教皇資格を一般信徒にまで広げています。1378年(室町時代、足利義満の時)に選ばれたウルバヌス6世は、枢機卿団以外から教皇に選ばれた最後の人物となりました。

ローマ司教といっても、別にイタリア人である必要はありません。実際に、第264代教皇ヨハネ・パウロ2世以降の教皇は、すべて非イタリア人が選ばれています。現代でも、男性信徒であれば誰でも枢機卿団に選ばれる資格があることになってはいますが、実際に枢機卿団に選ばれるのはほとんど司教から選ばれています。

女性には歴史上ただ一度も、教皇になる資格が与えられたことはありません。「中世にジョアンナという女性教皇がいた」という伝説がありますが事実ではなく、フィクションです。

かつての選出法

  • 1 発声の満場一致による決定・・・ 枢機卿たちがいっせいに新教皇の名前をあげて満場一致した場合に、その結果を聖霊の働きによるものとして承認する方法。
  • 2 1.が出来なかった場合の、妥協による決定・・・ 選挙が泥沼化しそうだと判断した場合、枢機卿団の中から選挙委員会を選び出して選出を主導してもらう方法。
  • 3 投票による決定 ・・・今の教皇選挙として理解されているもので、全枢機卿が匿名投票を繰り返して教皇を選び出す方法。

ちなみに、発声による満場一致で選ばれた最後の教皇は、1621年(江戸時代、秀忠の時)選出のグレゴリウス15世でした。選挙委員会の主導という方法で選ばれた最後の教皇は1316年(鎌倉時代後半)選出のヨハネス22世です。

ヨハネ・パウロ2世が形骸化していて機能していない二つの方法を正式に廃止して、投票による決定のみとしました。

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得票数

1179年(平安時代:源平合戦の頃)までは、投票者の過半数をとれば教皇に選出されていましたが、第3ラテラン公会議で投票の3分の2以上の得票を得ることを条件にしました。そして、教皇選挙では自分の名前を書くことは認められていません。教皇選挙では投票の匿名性を守ると同時に、自分自身への投票を防ぐ巧みなシステムが作り上げられてきました。ピウス12世は、必要な得票数を3分の2+1票と改めました。ヨハネ・パウロ2世はシステムをさらに改めて、再び必要数を3分の2以上(参加者数が3で割り切れない場合は1票加算)としています。さらに自分への投票を認めることにして、一定回数の投票でも決まらないときには、首席枢機卿のイニシアティブによって、必要な得票数を変更できるようにしました。しかしベネディクト16世はこの得票数変更可能規定を廃止する修正を行ったので、現在では3分の2以上の得票が必須になっています。

選挙の場所

コンクラーヴェは、バチカン市国にあるバチカン宮殿内システィーナ礼拝堂で行われます。

1978年(昭和54年)10月のコンクラーヴェまでは、投票を行う枢機卿たちはシスティーナ礼拝堂内に閉じ込められていて、新教皇が選出されるまでは礼拝堂から出ることを禁じられていました。2005年(平成18年)のコンクラーヴェからは礼拝堂から出る事禁止という事項は廃止されました。

枢機卿団はかつてのようにシスティーナ礼拝堂に缶詰にされることはなく、ヨハネ・パウロ2世によってバチカンに新築された宿舎・ドムス・サンクテ・マルテ(聖マルタの家)という宿舎で生活しながら、システィーナ礼拝堂に投票に赴くことに変更されました。

枢機卿団はバチカンの庭を散策することもできるようになりましたが、新聞社やテレビ局などのマスコミと連絡を取ることはもちろん、外部へ手紙を出したり電話をかけることも厳しく禁じられています。またこの改革に伴って、選挙期間中のバチカンの立入禁止区域が拡張されています。

コンクラーヴェに参加する枢機卿たちは、新教皇の選出に至るまでの経緯についての一切の情報を外部に漏らすことを厳しく禁じられているため、違反した場合には教会から破門される決まりになっています。しかし、実際には匿名でマスコミに情報を提供する枢機卿もいるので、新教皇の選出までに枢機卿たちの間でどのような話し合いが行われ、新教皇が最終的に何票の得票数で選出されたかなどの情報が、時おり新聞やテレビなどで報道されることがあります。

現代は21世紀に入っています。ローマ教皇を決めるコンクラーヴェは、長い長い歴史の中でずっと続けられてきました。そしてコンクラーヴェの様子を映像で見ることはもちろんできません。

大塚美術館のシスティーナホールで、コンクラーヴェの歴史やバチカンの歩みなどを感じながらシスティーナ礼拝堂の陶板画を観賞すると、また違った目線で観賞できるかもしれないですね。本場のシスティーナ礼拝堂は写真撮影がダメなので、こちらでしっかり写真撮影して観光に行くときの下見としても、いろいろな楽しみ方ができる大塚国際美術館です。

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